第4回 イタリアの大家さん その1
イタリアのどの街に行こうかと心の決まらぬままに、数ヶ月もキッチンつきのレジデンスにいた。しかし毎月の出費がばかにならずアパートを借りることを決意。それからは毎日日刊紙や不動産情報をくまなく見て、イタリア語のレベルはひどいのに、2LDKバルコニー、倉庫、屋根裏付、最近リフォーム済み閑静、住宅地、信用ある方、などといった不動産用語にはめっぽう強くなった。友達について行ってもらって10軒以上見に行ったが、なにしろ住宅の設計が仕事なため要求過多でなかなか気に入るものが無い。やっと中心部に近い110m2、2L、D、K,納戸、廊下、バルコニーのあるアパートを見つけ契約。
私はどういうわけか日本でも不動産にはラッキーだったが、良く考えてみるといささか半端ではないエネルギーを家探しにかけてきたと思う。このアパートもイタリア人たちが掘り出しものだったと言ってくれた。私も家主の器量を除いては、そう思う。
斡旋してくれた不動産屋がアパートの下にあったので、何かトラブルがあっても安心と思っていた。ところが斡旋料の家賃の1か月分を払ったら後は何もしてくれないのでびっくり、皆に聞くとそれが普通とのこと。それにしては斡旋料が高すぎはしないか。
加えて驚いたのは大家のけちなこと。彼女はヴェローナの名家の出とのことで、この中心街の建物に少なくとも4軒の住戸を持っていて、一家も最上階に住んでいる。引越しの前の日にもう一度アパート見ようと行ってみたところ、床を這いずり回って掃除している老女が居た。気にもせずに見てまわっていると振り向いた老女はなんとあのリッチな40代の大家だった。彼女は慌てて女中が法事で国に帰ったというような弁解をしていたが、その後の言動からおしはかるに倹約のためだったらしい。
入居してからはコンセントにプラグを挿し込むとズブズブといやな感触がして、プラグを抜こうにも抜けなくて中の電線までがずるずる出てくるし、あちこちのコンセントは死んでいるし。事故が恐いから直して欲しいといっても、それはそちらでと我関せず。テレビのアンテナは壊れていて、玄関の鍵はかからず、お風呂のお湯はぬるくて3月はじめだったので情けないことこの上もなかった。
玄関の鍵は換えてくれたというので、その日帰ってきてすぐ、冷え切っていたため暖まろうとお風呂のお湯を全開に出して、鍵の直り具合を見に行った。ドアの上部目の高さについている頑丈そうで数回まわしてかける主な鍵である。内側は大丈夫かかる、では外側からはかかるかと新しい鍵1本を持って外に出て試してみると完璧。こう迄しないとイタリアの工事は信用できない。
ところがチェックを終えて中に入ろうとおもったら開かない!そういえばドアノブにも第二の鍵はついていたのでいつもそこで錠をしていたけれど自然にロックされるなんて聞いていない!お風呂の水のごうごういう音!大家はこのアパートの中に住んでいると聞いたけれどその時はどこか知らなかった。そうだ下のインターホンに行ってみよう。でも大家の名前は知っていても姓は達筆すぎて読めず、そのうちに聞いて見ようと思っていた。必要になる時がこんなに早くくるなんて!
そうだ隣の学生に、うちの大家について聞いてみようとブザーを押すと奇跡的に在宅、そして幸運なことに同じ大家だった。彼らは慌てて大家を呼びに。大家は合鍵を持って駆けつけてくれたが、ドアノブの内側に鍵がさしてあるので鍵がまわらない。大家に何と言うことをしたのと呆れられて、今度は大学生の部屋のバルコニーから私のバルコニーに板でも渡すより仕方がないということに。そのときには大家の夫と成人した息子もいつの間にか来ていて皆で慌てふためきながら渡す板探し、ドアを一枚息子が持ってきて試みてみると、かろうじて足りたが危なっかしい。お風呂の水音は相変わらずごうごう!大家の夫がたまりかねて渡りかけると、大家が“あなた待って止めて”と足にしがみつきちょっとメロドラマを見る思い。
やっと、ちょうどいい長さのものが見つかり大家が私は体重が軽いからと渡って行った。しかしガラス戸はロックされていて開かない。実は私は知っていたが士気を削ぐと思って云わなかった、それしか方法は無いわけだし。皆に冷たい目で一瞥されて、今度はガラスを割るものを探しにまたみんなで奔走。ようやくバールがみつかったが、か細い大家にはペアの厚いガラスは割れず、大学生が渡っていってやっと中に入れた。その間私はぼーぜんと水害の費用を、下のアパートの高価な家具など什器一式プラス私のアパートの寄木の床何平方メートルなどと被害の計算をして何百万円かかるかなあと暗くなっていた。
大学生の最初の一言は大丈夫だったよ!でどやどやと皆でバスルームに行ってみると、その間ゆうに30分以上だったのにお湯は浴槽の縁から3ミリくらい盛り上がっていて、でも一滴も床にはこぼれていなかった。いつもオーバーフロウのちいさな詰まったような穴を見てこんなもの本当に効くのかなと思っていたが、このときはその効果に感激してしまった。
途中から私は近所に住む友達にも助けを頼んだので、その彼が皆に無事だったお祝いとお礼にワインを飲もうと言い出して、でも大家たちは食事の時間だからと憮然として帰っていき、大学生たちと夜中まで盛り上がった。また何かあったらどうぞ宜しくなどとも云ったりして。
ほんとに外国にくると色んなことがあるなあ。
大家とはその後もいろいろとトラブル続きで、ある日我が家の前の廊下に古ぼけたユニット家具の残骸のようなものを見つけて電話をすると、我が家で唯一家具といえるアンティークな洋服ダンスと交換してほしいとのこと、私のアパートは一応家具付だが、早くいえば大家のガラクタ置き場のようなものだった。契約時に入っていたものを奪われる筋合いはないと、実は格好ばかりであまり収納できない代物だったが、断固と断った。すると向こうもむきになってではこのソファと取り替えるのはどうか。この食器棚ではどうかとうるさいことこの上なしで、とうとう持っていかれてしまった。
付き合ううちに、洗濯機が壊れても云っても無駄だとわかったので新品を買わねばならず、といっても引越しのときに置いていくのはもったいないので古いのも置いておかねばならず、スペース的にも二重の打撃に。友達に聞いたら、たまたま寿命で壊れたものはそのときの運の悪い店子が弁償させられることはよくあるそうである。
第5回 イタリアの大家さん その2 へ続く・・・
|